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東京地方裁判所 昭和38年(タ)277号 判決

原告 甲野太郎

右法定代理人親権者母 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 高野長幸

被告 乙山二郎

右訴訟代理人弁護士 石丸勘三郎

同 石丸九郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「原告が被告の子であることを認知する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として

原告法定代理人甲野花子は昭和三〇年八月頃被告と知り合い、事実上の婚姻をなし、同年一一月以降○○市○○町○○荘のアパートに同棲しているうち、被告の子である原告を懐胎し、翌三一年一二月二九日、○○市○○町一、一三四番地○○市産院において原告を出産した。しかるに被告は原告を子として認知しないのでその認知を求めるため本訴請求に及ぶ。

と述べ、被告の主張(一)に対し、被告主張のとおり原告に対する認知手続のなされていることは認める、と述べ、(二)に対し、甲野花子に多数関係者があるとの点は否認する。花子は昭和二六年××××と結婚したが、××の乱暴が激しいため離婚を決意し、長男△△出生直後である昭和三〇年七月末頃××の許を出て実家に戻らうとした。ところが途中出血多量のため小料理屋「君の家」において静養させて貰うこととなり、間もなく被告と関係を生じたものである。したがつて、その間××が花子を訪れ、復帰をすすめたことはあるが、関係を持つたことはない。同年八月末被告から結婚の申し入れを受けたので花子はこれを承諾し、結婚準備のため「君の家」を去り、旅館両国屋で一ヶ月働き、同年一〇月から同棲生活を始め、同棲生活は昭和三一年一一月頃まで続いた。その間花子は被告が薄給であつたため隣家の桂荘に女中として日中のみ働いていたことはある。しかし桂荘は隣家でもあり、花子が売春や、被告以外の男性と関係をもてる筈はない。

と述べた。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

請求原因事実中、被告が原告主張の頃甲野花子と知り合い、昭和三一年二、三月頃同女と肉体関係を持つたこと、原告がその主張の日に生れたことはいずれもこれを認めるが、被告が花子と事実上の婚姻関係に入り、同棲したとの点及び原告が被告の子であるとの点は否認する。

と述べ、更に、

(一)  原告は昭和三八年一一月二八日本籍東京都○○区○○○四丁目二二五番地訴外◎◎◎◎によつて任意認知手続をとられ、同日◎◎◎◎は花子との婚姻届を提出している。よつて原告の本訴請求は許されない。

(二)  甲野花子には被告以外に多数関係者がある。すなわち、被告が昭和三〇年八月花子と知り合つた当時花子は○○県○○市の呑み屋「君の屋」に女中として住み込み、次いで○○市○○町旅館桂荘に引続き女中として働いたが、右「君の屋」、「桂荘」は売春の行われていた飲食店であり、花子も当時先夫××××と婚姻中であつたにかかわらず被告と敢て肉体関係を持つたほか、下駄商である某とも関係があつた。更に昭和三一年二、三月頃花子は××××の訪門を受けているほか近所の桂荘に男客と一諸に赴いて売春をしている。したがつて花子の懐姙は被告によるものではない。

と述べた。

証拠 ≪省略≫

理由

その方式、趣旨から真正に成立した公文書と認め得る乙第一号証の全趣旨に徴すると、原告は法定代理人甲野花子が昭和三一年一二月二九日に○○県○○市○○町一一三四番地において出産した同女の子であること、花子は訴外××××と結婚し昭和三〇年七月二五日婚姻届を提出してあつたので、原告は××と花子間の嫡出子として一旦戸籍簿に記載されたが、昭和三七年五月七日××との間における親子関係不存在確認の裁判確定により同人との続柄欄が訂正され、父欄が空白となつたこと、被告は原告の懐胎可能期間である昭和三〇年二、三月頃花子と肉体関係があつたこと、以上を認めることができる。しかし、その方式、趣旨から真正な公文書と認め得る乙第三号証と証人◎◎◎◎の証言によれば、◎◎は昭和三八年一一月二八日原告の認知届を提出して認知していること、右認知は同人の意思に基くものであることを認めることができる。

ところで父子間の認知の裁判は、当事者間に法律上の父子関係を形成するものであるから、認知請求の要件は単に当事者間に血統上の父子関係が存在するのみならず、被認知者に、現に、法律上の父が存在しないことを要するものと解すべきである。そこで本件においてこれをみるに、上段認定のとおり原告は一旦××××の嫡出子として届けられたが、後右の続柄が訂正されており、且つ、被告は原告懐胎可能期間中に原告の母花子と肉体関係を持つているのであるけれども、原告は、昭和三八年一一月二八日、既に訴外◎◎◎◎によつて、同人の意思に基ずく任意認知手続を受けていることが明らかである。そうとすれば、原告は◎◎◎◎の右認知の取消又は無効宣言の裁判を得るまでは、同人の間の法律上の父子関係は有効なものとして認められざるを得ないものである。しからば原告は◎◎◎◎との間に既に法律上の父子関係を有するのであるから、更に被告に対し認知を求める本訴請求はその要件を欠き、この点において既に理由のないものと断ぜざるを得ないものである。

よつて原告の本訴認知請求は理由がなく、失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小河八十次)

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